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オセロ

作:UG



薄暗い寝室
キッチンから漏れてくる光が、真っ白なシーツに包まれた起伏を暗闇に浮き上がらせていた。
皿を出すときのカチャカチャという音が聞こえたのか、シーツの表面が波打ち褐色の女体が僅かに姿を覗かせる。
ゆっくりと顔を持ち上げた女は、目を細め陽炎のように揺れるキッチンからの光を眺めた。
直接その姿は見えないが、先程までオセロに興じていた相手が何か軽いツマミでも作っているのだろう。
最近、徐々に実力をつけてきた相手に女は押され気味だった。
狭い盤面を舞台にめまぐるしく切り替わる白と黒の攻防は単純故に奥が深い。


――― 喉、乾いた・・・・


エミ 女は気怠げな動作で上半身を起こすとサイドボードに視線を移す。
そこにはよく冷えた一本の缶ビールが乗っていた。
缶の表面に付いた水滴がキッチンからの光を受けキラキラと輝く。
もう少しすればツマミと共に小ぶりなグラスが二つ運ばれてくるのだろう。
しかし、女はその到着を待ちきれず缶ビールにしなやかな指先を伸ばす。
うっすらと付いた水滴が女の指を濡らした。

プシュッ!!

小気味よい音を立てプルトップから二酸化炭素が吹き出す。
微かな麦とホップの香りが女の鼻腔をくすぐった。


コクッ、コクッ、コクッ


よく冷えた液体が音を立てて女の喉を通過する。
この味を旨いと感じるようになったのは何時の頃からだろうか。
一晩中オセロに興じ乾いた喉に、ほろ苦い味と炭酸の刺激が染み込んでいく。


ぷはっ!


ほんの数秒で缶の半分ほどが空いていた。
ようやく喉の渇きが治まると、女は濡れた唇を離し缶をその頬にあてる。
缶についた水滴が頬に心地く感じられた。


「あ―――っ!まだ、おツマミ作ってる最中だっていうのに開けちゃって・・・」


そんな女の姿を見て、キッチンから顔を覗かせた男が咎めるような声をだした。
エプロン姿の男はそのままベッドに歩み寄り、皿に盛ったチーズ類と小ぶりのグラス二つをサイドボードの上に置く。


「一緒に飲もうと思ってたのにずるいですよ、エミさん!」

「ゴメン! 待ち切れなかったワケ・・・・でも、まだ冷蔵庫にあるからいいじゃない」

エミは大して悪びれもせず、残ったビールに再び口を付けた。

「全く、そういう問題じゃ・・・・」

決して居候先の慎ましい生活習慣が染み付いてしまった訳ではない。
男にとっては、愛する者と何かを分かち合うという行為が重要だった。
みなまで口にするのは照れくさいのか、男は力なく笑うとビールを取りにキッチンへ方向転換する。


「ゴホッ! ピ、ピート、まさかソノ下・・・・」


ピート その後ろ姿を見たエミが含んだビールを思いっきり気管に詰まらせる。
薄暗い室内に白桃のようなシルエットが浮かび上がっていた。
蝶々結びにしたエプロンの紐が、まるでラッピングのようにその白桃にかかっている。

「え、だってどうせすぐ脱ぐから・・・だけど、包丁使うのに裸だと危ないですし・・・変ですかやっぱり」

ピートは素肌の上につけたエプロンの裾を抑える。
その仕草にエミの喉が大きく鳴った。

「ピート・・・」

「え、何です? いきなり・・・・」

エミはキッチンに向かおうとしたピートの手を強く握りしめる。
先程までと別な渇きがエミの内部で生じていた。

「GJ!!」

エミはそう言うと、ピートの手を引っ張りベッドに押し倒す。
今度のオセロは黒が上になるところから始まるようだった。



――― オセロ ―――


  終

挿し絵:サスケ



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