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「小鳥」

作:凍幻


 ひと時のまどろみ。
 その日、三宮紫穂は、公園にて日向ぼっこをしていた。
 もちろん、一人きりの行動ではない。
 バベルにて同じチームを組むメンバー、明石薫と野上葵も近くにいる。
 が、二人は身体上の些細な――本人たちにとっては些細どころではないのだが――相違点について対立し、超能力を使って追いかけっこをしていたので、残された紫穂だけが一人、トペッと地面に座っていたのだ。
 三人の上司、皆本光一は先ほど、書類不備とかの理由で歩いても数分の本部建物へ呼び出されていった。
「すぐ戻ってくるから」
 そうは言っていたものの、その程度の用事ならば、ひと時の休息を終えた後でも構わないではないか。
 しかも走っていくなんて、言語道断!
 そう思わざるを得ない。
 残されたのは、ほどよい日光と気持ちの良いそよ風、まどろみに最適な草地、そしていつものチームメイトたち。
 日ごろ仲の良いメンバーだけで過ごすには、なかなかに好ましい時間と空間であったが、愛しい人抜きでは画竜点睛を欠く。
 薫と葵の騒ぎに加わる気はないため、何するでもなく、座ったままふあぁとあくびをした紫穂は、ふと、目を上げた瞬間に数羽の鳥を見つけた。
 たぶん、日ごろ餌を与えている人でもいるのだろう。
 近くでドタバタしているにもかかわらず、ゆっくりと旋回しては時折地面に降りてくるなど、人に慣れた風の実にのんびりした行動をとっている。
 そのうちの一羽が近くまで寄ってきたたため、試しに紫穂は右手を伸ばした。
 地面へそっと置いた手の甲へ、ピョンと飛び乗った小鳥が、そのまま静止する。
 野生の鳥だとすれば、非常に珍しい行動だ。
 やはり先の推測どおり、人に慣れているか、飼われた事のある鳥なのだろう。
 紫穂のサイコメトリー能力でもそのへんはハッキリしなかったが、いま大事なのは、その小鳥が逃げないという事実である。
 皆本さんも、こうやって逃げ出さなければ良いのに……少なくとも、私からは。
 つい、そんなことを思ってしまう。
 駆け出す前の顔は、呼び出されて仕方なく、といった風だったものの、安堵の一端が滲み出ていた感じが無くもなかった。
 薫と葵の成長論に巻き込まれ、もしかすると辟易していたのかもしれない。
 皆本さんを困らせるなんて、二人とも、まだまだ子供よねー。
 ふだん、自分がおこなっている行動を棚に上げ、更に言えば彼から発せられたならば絶対に反発するだろう感想を抱いた紫穂は、先の鳥がまだ手の甲へ居ることに興味を持った。
 紫穂は、他人の直接思考や、残留思念を読み取ることが出来る超度七のサイコメトラーだ。
 なので、殺人現場で調査をしたり、逆に自分が遠まきに視られたりとの経験はあるものの、このように何気なく他の生物を見る機会は少なかったりする。
 武術の達人なら、飛ぶ気配を察知して手の鳥を飛び立たせないようにすることが出来ると聞いたこともあるが、少なくとも、彼女には同じことは出来やしない。
 なのに小鳥は、微妙に動きながらも、未だ紫穂の手から飛び立とうとはしなかった。
 まるで、見えない籠に入っているかのように……
 彼のことを思い、心穏やかであろうことが伝わっていたためなのだろうか。
 それは、彼に見守られている安心と、逆に見守りたいとの乙女心が入り混じった思考であった。
 そして紫穂は今、自分がバベル及び皆本さんという籠に入った小鳥であることも自覚していた。
 籠なしの野生では、決してありえない自分――
 でも、未来なら何にでもなれるし、どこへでも行けると教えてくれた人が、あの皆本さんが居るから、今、自分はこうやって微笑んでいられるのだ。
 未来なら、彼とだってずっと居られるはず――
 そう思った紫穂は、取りあえず差し迫った未来へと思いを馳せた。
 今晩のおかずは何かしら、と。
 ずいぶんと落差のある思考だが、ぼうっと小鳥を見ているうちに、彼との未来と同時並行的に、こうも思ってしまっていたのだ。
 あら、あなた……おいしそうね……などと。
 血生臭い現場を見慣れている紫穂とて、可愛いものは好きだ。
 しかし、それ以上に好物が動物のお肉で、濃厚な味を好むのもまた紫穂という人物なのだ。
 大きさが手のひら程度の小鳥では、食べる部分もずいぶんと少ないことを紫穂も判ってはいる。
 それでもカラ揚げなら大丈夫かしらとか、もも肉ならば問題ないわよねなどと考えてしまうのが、業が深いと皆本に嘆かれる彼女の性癖であった。
 身の危険を感じたのか、先ほどまでゆらゆらと動いていた小鳥の動きがピタッと止まる。
 それを見て、もう片方の手で捕まえようかしらと紫穂は思ったが、少し遠くでおこなわれていた薫と葵のやり取りが急速に近付いてきて、気を取られた瞬間、パッと小鳥は逃げてしまった。
 遮るものの無い世界へ、ひたすらに真っ直ぐと急ぐ小鳥。
 周囲では、仲間であろう同じ種類の小鳥が、くるくると旋回を続けていた。
 仲間ならではの行動を見て、思わず、紫穂の顔も緩む。
 心の中では、食べられず残念だわと思う気持ちが約半分、身の部分は少なかったかもねと思うのが残り半分近くな彼女は、体力的に騒ぎを中断せざるを得なかったチームメイトたちへ声を掛けた。
「いい加減に騒ぐの飽きないわよねー。まだ皆本さん帰ってこないから、時間はあるんだけれどね」
 そして、ごろん、と仰向けになる。
 籠の小鳥は、いつか飼い殺されるだろう。
 野生の小鳥は、いつか食い殺されるだろう。
 どちらが幸せな一生なのか、今の紫穂には判らない。
 ただ一つ判っていることは、彼女の未来は、どちらでも、あるいは未だ見えない第三の未来でさえも選べるということだ。
 遊び疲れた二人の顔が紫穂の顔を見下ろす。
 その顔と、隙間から見える青空を見ながら、紫穂はチーム四人でどこまでも飛んでいく風景を幻視するのであった。

 ―終―

挿し絵:サスケ

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